ホーム>ネコ日記>2006年2月

2006年2月

2006.2.26

生憎の雨天の中、バスツアーに参加。
目的は、鎌倉の長谷寺、大磯、伊藤博文公旧邸である「創浪閣」での昼食後、旧吉田 茂邸、特別見学。

小田原、曽我の梅林見学ツアーです。

実は、私は、23歳になるまでは、大磯で暮らしておりました。

実際に暮らしたのは、13歳まで、あとの10年は別荘としていたのです。

それも、創楼閣より、二軒手前の一万坪のお屋敷の中の一角に家がありましたから、

今回のツアーは、懐かし い、故郷を訪ねる旅だったのです。

まして、吉田邸など当時、中に入るなど考えられませんでしたからね。
各所、梅が満開で、雨のせいで、代えって花の色を輝かせていたようで、とても美しく、

甘い香りに包まれた旅となりました。

川崎駅でグループと別れた後、逗子へと向い、友人に迎えられて、葉山へ。
宿は、御用邸近くの海岸沿いの旅館「大海荘」です。
ここには3匹の白いネコが、外ネコとして住んでいたのですが、現在は1匹となったそうです。

いつ現れるのか、解らないと聞いたので、心配でしたが、翌朝、カーテン を開けると、

まずは、大海原が目の前に開け、足元の庭に何と!白猫が通り過ぎてゆきました。

ちゃんと挨拶に出向いてくれたのですよ!

天皇陛下が浜辺を散歩すると、ノラ猫うちの可愛い一匹のネコの頭をなでていたそうで、

ぜひ、そのネコたちに会いたいと、散歩に出ましたが、会えませんでした。

けれど、陛下もネコがお好きと知り、とても嬉しかった。
宇多天皇、明治天皇もお好きだったそうで、ネコ歴史として、大変ビッグなニュウスともいえるでしょうね。

散歩の後、旅館をスケッチしているところへ、又、別のノラが現れ、

私の目の前で横たわりおなかをゴリゴリと地面になすりつけて、去っていきました。

よく来たねの挨 拶でしょか。

そこへ一人の中年の男性が、旅館のご主人を訪ねてやってきて、

ご主人と共にギター演奏がはじまり、「ブルーハワイ」、「べサメムーチョ」を弾いて、

去っていきまし た。

あー何と、素晴らしい。これが、湘南の余裕なのです。

次に訪れたのが、漁師の奥様。私のスケッチを眺めて、海は好きだよ。

山よりかずっと良いよね。と去っていきました。

その後は友人のドライブで、葉山のプリンで有名な「マーロウ」へ。

実は、彼女、そのプリンを作っているのです。

ぜひ、召し上がってね。その向かいにもしゃれたショップがあり、

しばし、すてきな商品に二人でエキサイト。

昼食はもちろん、海を眺めながら、マーロウで味わいました。

その後、鎌倉の友人を訪ね、ネコのいる「光明寺」へと向かいました。

見事なお寺に圧倒されながら、山門をくぐり、境内に入ると、

山門の脇から、一匹、 二匹、三匹、四匹と、ネコたちが私のもとに寄ってきてくれたのです。

みな、とても人懐っこく、大切にされてるようで嬉しくなりました。

お寺には、ネコが似合います。

似合うというよりか、共生のはずなのです。

もともと、日本には、山猫しかおらず、仏教の経典と共に、ねずみから守るために連れてこられたのです。

全国のお寺でネコを大切に飼ってくださったら、どんなにか、ネコが救われることか。

こうして、2日のバカンスは、楽しく終了し、5匹が待つ家路へと向ったのでありました。

おしまい。

2006.2.20

東久留米のボランテイアグループHAS では、

アメリカンショートヘヤーの年齢、5~6歳の雌、二匹、雄一匹の里親さんを求めております。

飼い主が亡くなったため、急ぎで捜しています。とのニュースが入りました。
どなたか、ぜひ、お願い致します。

もちろん、人に慣れた、可愛いネコ達です。

戌年となり、ワン公のことを多少書かねば、と、実はこれまでうずうずしていたことがありました。
昨年より、PR誌にシリーズで「ハナ」ちゃんという盲導犬の生活振りのイラストを担当していたのですが、暮れに友人と、新宿末広亭に落語をききに行く約束をした直後、

編集担当者からのメールに、次回は末広亭で盲導犬と落語を聴いている様子を描くようにとのご依頼が

届いたのです! 

余りの偶然にびっくりしたのと、盲導犬と寄席に行かれるのだと知り、とても嬉しく思ったものでした。

お陰で、スケッチするため、落語には余り集中は出来ませんでしたけれどね。

仕事のため、その号が市場に出てからでないと、発表できませんからね。

今、やっと、書き込み出来た次第です。
私はこうした偶然がとても多くて、スタッフがそのつどびっくりしています。

とても嬉しくもあり、励みになります。

もうひとつ。
一匹の可愛いワンちゃんと暮らす、友人のお嬢さんは現在、高校生。

ピアニストになる為、毎日猛練習をしています。
そのワンちゃんはピアノの足元でききほれているそうで、

演奏にとちると、はっとして、慌てたような行動をするそうなのです。

何度も何度も、同じ曲を演奏するため、犬も記憶するのですね!
動物は、本当に愛らしいものです。

2006.2.9

大丸デパートミュージアムで開催された「パウル、クレー」展へ、友人のお誘いで出向いた。
前の晩に、本棚に飾ったままの「クレーの日記」南原 実訳(新潮社)を開き、

クレーは必ず、ネコ好きの筈。と、おおざっぱに読み、

家族宛の手紙の中に、奥様であるリリーと、子供への想いに続き、

「それにしても可哀想なのは猫さんだ」と、書かれたページを見つけられたのですよ!

猫に対し、猫さんと書く クレー。何と、優しい方でしょう。

そんな想いで、作品を鑑賞。

ありました!りりーとクレー、クレーの背中には

「ビムボー」という名の白いチンチラ系の猫の写った写真が展示されていたのです。

もちろん、作品も素晴らしかった。

只、ちょっと、点数が少なすぎたのが、とても残念!

その後、東京駅構内のレストランで、友人と歓談し、

店を出た私の目に留まったのが、何と、2匹の毛艶の良い、黒猫が自動販売機の上にいたのです!

レストランに戻り、猫のことを尋ねると、時たま現れ、ご飯をあげてる人がいるようですよ。とのこと。

東京駅に住む猫がいるなんて、何と、ステキ!感動を胸に家路へと向かった私でした。

赤虎、雉虎の2匹は里子に出すことが出来ました!

鹿児島に空輸された猫も、ご家族にとても可愛がられているようです。本当に助かりました。

2006.2.8

久々、一般誌からの取材あり。
「ぱど」(板橋区、練馬区、西東京市あたりに配布)より、可愛らしい編集者が取材にご来店。
彼女、何と10匹のネコのお母さんでした。

すっかり息が合い、わが子を紹介も出来、楽しいひとときでした。
2月28日発行、大泉学園、西東京特集号だそうです。どうかご覧くださいませ。 

2006.2.3

新宿西落合の「自性院」別名、「猫寺」では、

節分際の日に、江戸時代の猫地蔵さんが2体、開帳されるのです。

一体は、迷い込んだ猫のお陰で、店が繁盛したことから、その猫の死後、地蔵を作って供養した。

もう一体は大田道灌が豊島氏との戦いの折り、猫のお陰で勝利したことから、猫地蔵を作らせ、

供養したそうです。
また、河村目呂二は世界各国の猫玩具3千体を寄贈したそうですが、

それらは全て戦災により、消失されたそうです。

今年も大変賑やかに行われ、私も3年振りに楽しんで参りました。

昔は、東京中の花柳界の方々が、三味線に猫の皮を使うことから、毎年、この日にお参りに訪れ、

踊りを披露したり、もっと、賑やかだったそうです。

そうした感謝の気持ちが現在もあって欲しいものです。
事前にお知らせせず、ご免なさい。来年の節分の日にも必ず行われますので、ぜひ、お出向き下さいませ。

ただ今、赤虎の猫(雄、4ヶ月)の猫と、また新たにグレーの雉虎猫(雌、3ヶ月)の猫の里親さんを

捜しております。

2匹ともとても人懐っこくて、可愛い猫です。宜しくお願いいたします。