予期せぬ嬉しいことがありました(1)

心地よい小春日和が続いており、
気持ちが晴れやかにもなれますねぇ。

そんな折です!
たまには私の自慢のメールをさせてくださいまし。

「明治記念大磯邸園」の公式HPが誕生しました。
古河工業後、電工の元、別荘だった場所です。
 https://www.meijikinen-oiso.jp

実はその1万坪の敷地内で私は伸び伸びと自由に育ったのでーす!
まるで夢のごとし。

我が家は国道1号線に面した方の高台で、
日当たりの良い北側でした。
駅伝でよくTVに映った松並木です。

父の仕事の関係で、330坪が我が家の敷地。
けれど、東側の敷地に家が建っておりませんでしたので、
広い、広い原っぱでした。
周辺は松と椎の木に囲まれてました。
椎の実が美味しくて、隣の中学校の生徒達が
よく塀を登り取りに来てくれました。
西隣は浜田さんで、お父様がニワトリや養蜂、畑の為や
屋敷内の植木の手入れをなさる為に通っていて、
しょっちゅう、私達や中学生達は叱られてましたよ。
犬嫌いでしたけれど、笑顔の良い好人物ではありましたね。

古河の邸宅には、お台所から上がり、しょっちゅうお邪魔してました。
静養なさってらした大奥様の藤子さんは、それはそれは美しい方でした。
西郷従道のお嬢様です。
現在、全く失った品格のある絵に描いたような美人でした。

毎日、きれいに髪を結い、お着物でいつも椅子に座り、
静かにお庭を眺めてらした。
多分、俳句などをお作りになられていたのでしょう。

今考えれば、寂しい毎日だったでしょう。
そこへ弟と2人で遊びに行ってはお菓子を戴いていましたね。
お慰みになっていたかも。。。

玄関向かいにもお稲荷さんが設けられており、
そこは時たま油揚げがお供えしてあり、
それを我が愛犬が食しておりました。
内緒ですが。。。
その裏には防空壕がありましたねぇ。

生活は13歳までで、母の実家近くへ越し、
後の10年を別荘としておりました。

本当に素晴らしい環境で育ったことは、私の宝です。
それに関しては、父に感謝です。
あまりに良い環境で育った為に、環境破壊に関しては許せません!
大磯駅にはいまだに看板がありません。
緑に溢れております。

只、現在、残念なことに照ヶ崎、海水浴場に
私の大嫌いなテトラポットが据えられてるのです。
さざれ石は焼き芋に一番適していて、
ちょっと前まで使われていたのですよ。

あの辺りの風景が全く変わってしまい、残念でなりません。

昔はもっと、環境に対して頑固な土地だったのですが。。。

ぜひ、検索なさってくださいね!
古河家は、東京の古河庭園に関しても震災の際、お庭を避難場所として
解放なさっていたのです。
現在はいかが?
東電は?看板外してシャットアウトでしょう。

思い出たっぷりの邸園をパソコンで見られるのは幸せですねぇ。

11月4日から公開
入園料:無料
休園日:毎週月曜日、年末年始
    (月曜日が祝日の場合、翌日が休園)
吉田邸などセットでのツアーもあるようです。
現在は庭園のみの公開で、邸宅は補修工事終了後、見学できるそうです。

大磯の我が家